乙女の相談はわがままに
時計の針の音が響く。それ意外は静かと言っていいほどだ。
優亞(ゆあ)はピンクのクッションを口元まで寄せ、
三角座りにした膝元をじっと見ている。
待つ時間というものは、驚くほど遅く感じる。周囲に誰もいないとなおさら。
たとえ階下に両親がいるとしても、その事実がなにかをもたらすことはなく、
ただ室内に誰もいないことが彼女にとって不安でしかない。
ふいに鳴るインターホンベル。一瞬、怯えたように優亞の瞳が揺れる。しかしすぐに部屋を駆け出す。
「もうどうしたのよ、優亞。今、何時だと思ってるの?」
ドアを開けると、不満顔の那々絵が不承々々といった体で立っていた。
「なあちゃん、ごめんね……」
本当は来てくれたことに感謝したいのに、口をついて出てきたのはいつもの言葉だった。優亞の視線は自然と床へと落ちていった。
「で、今日はなんの相談事?」
優亞の部屋に入るなりデスク下のキャスター付きのイスを引いて座る。那々絵にとって、優亞に呼び出される用件といえば相談事に他ならない。
「うん……」
眉を落とした優亞は目を伏せたまま言葉を途切らせる。
「また例の"彼"のこと?」
いささか呆れ気味の口調の那々絵に、申し訳なさそうに優亞が頷く。
バイトが終わって休もうと思っていたのに急に呼び出されたことに閉口しているということもあり那々絵は、どうしたもんかなと頭をかいた。このお嬢様然とした優亞が「好きな人ができた」と告げたのは半月ほど前になる。
男性恐怖症にも等しいほど人見知りの優亞が、男を好きになったという事実に那々絵は素直に驚いた。しかし話を聞いてすぐに、優亞のネガティブさに頭を抱えた。
積極的になれないから優亞は那々絵を、いわゆる"恋のキューピッド"として呼び出したのだった。
「まだ告白する勇気はないの?」
先ほどと同じように頷く優亞。那々絵は聞こえない程度にため息をついた。
相手の男のことは少しは聞いている。容姿がとくに美男子というわけではなく、頭脳明晰とも違う。タイプなのと問えば、当の優亞本人が自分の好みというものがわからないと答える。
恥ずかしいのか、あまり多くを語ろうとはしない。
那々絵が想像するに、相手は特筆することもないそこらにいる男。目を引くような美少女といった容貌の優亞とは、釣り合うと考えるほうが突飛に思える。
那々絵は室内を軽く見回す。ピンクが基調の可愛らしさを前面に出した少女趣味。こういったものが好きだという優亞の期待に応えられるようなアドバイスができるとも考えられない。
それに彼女は推測していた。優亞は恋愛をしたことがない"恋に恋する少女"だと。
実際、高校時代に知り合った頃から恋愛の話を優亞としたことはなかった。過去に付き合っていた彼氏、どういった人が趣味か、結婚するならどういう男性か。
ずっと大して興味がないぐらいに考えていたが、今になって"恋愛について考えたことがない"という憶測に突き当たった。女子高にいれば、こういったことはよくあるんだろうか?
ふと目の前の同い年の女性が、本当に物事をうまく把握できない少女のように思えた。優亞の隣に寄り添い、肩に頭を抱き寄せる。
「"好き"って気持ちはたくさんの想いを詰め込んでてね、一緒にいたいとか、ただ声を聞きたいとか、その人に出会えたことが、ううん、その人が存在するだけで嬉しいと思うこととか、そういうことをぜんぶひっくるめて"好き"なんだよね。
優亞はさ、その気持ちに戸惑ってるんだよ。だからその人とどうなりたいとかどうしたいとか、そういうことに考えが回らない。それなら、もっと時間をかけようよ。ちゃんと自分の意志をもてるようになるまで、ね? 今すぐどうにかしないといけないわけじゃないでしょ?」
那々絵に向けられていた目が、抱えられたクッションにぎゅっと隠されて、そして小さくゆっくりと優亞は頷く。
「恋は"育てる"ものって言うからね。のんびりでもいいじゃない」
玄関で靴を履き、優亞の顔を見る。
いくらか不安の表情は薄れている気がした。
「今日は本当にごめんね、なあちゃん」
わずかに微笑しながら言う彼女に、那々絵はほっとした。
「あんまり考え込まないようにっ。いつでも私が相談にのるから」
嬉しそうに優亞が頷き、そして那々絵は振り返ってドアを開けた。
風が少し強い。ロールアップしたジーンズだとさすがに寒い。
空を見上げると、ところどころに星が覗いている。
見上げたときに星が輝いていると、どこか嬉しくなるってのはどうなんだろう。昔はそうじゃなかったんだろうな、とまだ生まれていない時世に想いを馳せながら、帰る場所へ足を向けた。
優亞(ゆあ)はピンクのクッションを口元まで寄せ、
三角座りにした膝元をじっと見ている。
待つ時間というものは、驚くほど遅く感じる。周囲に誰もいないとなおさら。
たとえ階下に両親がいるとしても、その事実がなにかをもたらすことはなく、
ただ室内に誰もいないことが彼女にとって不安でしかない。
ふいに鳴るインターホンベル。一瞬、怯えたように優亞の瞳が揺れる。しかしすぐに部屋を駆け出す。
「もうどうしたのよ、優亞。今、何時だと思ってるの?」
ドアを開けると、不満顔の那々絵が不承々々といった体で立っていた。
「なあちゃん、ごめんね……」
本当は来てくれたことに感謝したいのに、口をついて出てきたのはいつもの言葉だった。優亞の視線は自然と床へと落ちていった。
「で、今日はなんの相談事?」
優亞の部屋に入るなりデスク下のキャスター付きのイスを引いて座る。那々絵にとって、優亞に呼び出される用件といえば相談事に他ならない。
「うん……」
眉を落とした優亞は目を伏せたまま言葉を途切らせる。
「また例の"彼"のこと?」
いささか呆れ気味の口調の那々絵に、申し訳なさそうに優亞が頷く。
バイトが終わって休もうと思っていたのに急に呼び出されたことに閉口しているということもあり那々絵は、どうしたもんかなと頭をかいた。このお嬢様然とした優亞が「好きな人ができた」と告げたのは半月ほど前になる。
男性恐怖症にも等しいほど人見知りの優亞が、男を好きになったという事実に那々絵は素直に驚いた。しかし話を聞いてすぐに、優亞のネガティブさに頭を抱えた。
積極的になれないから優亞は那々絵を、いわゆる"恋のキューピッド"として呼び出したのだった。
「まだ告白する勇気はないの?」
先ほどと同じように頷く優亞。那々絵は聞こえない程度にため息をついた。
相手の男のことは少しは聞いている。容姿がとくに美男子というわけではなく、頭脳明晰とも違う。タイプなのと問えば、当の優亞本人が自分の好みというものがわからないと答える。
恥ずかしいのか、あまり多くを語ろうとはしない。
那々絵が想像するに、相手は特筆することもないそこらにいる男。目を引くような美少女といった容貌の優亞とは、釣り合うと考えるほうが突飛に思える。
那々絵は室内を軽く見回す。ピンクが基調の可愛らしさを前面に出した少女趣味。こういったものが好きだという優亞の期待に応えられるようなアドバイスができるとも考えられない。
それに彼女は推測していた。優亞は恋愛をしたことがない"恋に恋する少女"だと。
実際、高校時代に知り合った頃から恋愛の話を優亞としたことはなかった。過去に付き合っていた彼氏、どういった人が趣味か、結婚するならどういう男性か。
ずっと大して興味がないぐらいに考えていたが、今になって"恋愛について考えたことがない"という憶測に突き当たった。女子高にいれば、こういったことはよくあるんだろうか?
ふと目の前の同い年の女性が、本当に物事をうまく把握できない少女のように思えた。優亞の隣に寄り添い、肩に頭を抱き寄せる。
「"好き"って気持ちはたくさんの想いを詰め込んでてね、一緒にいたいとか、ただ声を聞きたいとか、その人に出会えたことが、ううん、その人が存在するだけで嬉しいと思うこととか、そういうことをぜんぶひっくるめて"好き"なんだよね。
優亞はさ、その気持ちに戸惑ってるんだよ。だからその人とどうなりたいとかどうしたいとか、そういうことに考えが回らない。それなら、もっと時間をかけようよ。ちゃんと自分の意志をもてるようになるまで、ね? 今すぐどうにかしないといけないわけじゃないでしょ?」
那々絵に向けられていた目が、抱えられたクッションにぎゅっと隠されて、そして小さくゆっくりと優亞は頷く。
「恋は"育てる"ものって言うからね。のんびりでもいいじゃない」
玄関で靴を履き、優亞の顔を見る。
いくらか不安の表情は薄れている気がした。
「今日は本当にごめんね、なあちゃん」
わずかに微笑しながら言う彼女に、那々絵はほっとした。
「あんまり考え込まないようにっ。いつでも私が相談にのるから」
嬉しそうに優亞が頷き、そして那々絵は振り返ってドアを開けた。
風が少し強い。ロールアップしたジーンズだとさすがに寒い。
空を見上げると、ところどころに星が覗いている。
見上げたときに星が輝いていると、どこか嬉しくなるってのはどうなんだろう。昔はそうじゃなかったんだろうな、とまだ生まれていない時世に想いを馳せながら、帰る場所へ足を向けた。
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