忘れないから
受験生、という職業は億劫だよ。
されたくもない期待を背負わされ、失敗を恐れさせられ、
だからわざわざ保険をかけさせられる。
無駄な願掛けをさせられる。
今も手と口のなかには、母親の買ってきた「これで勝つ!パン」という
薄いハムカツの挟まったパンが入っている。
強い風が吹き、整えた髪が乱れる。
気にしたって始まらない。どうせ独りだから。
知ってる?
験をかつぐ、ってよく言うじゃん。
あの「験」って、ホントは縁起ってとこから来てるらしいよ。
十回クイズみたいに「えんぎえんぎえんぎ……」と言って
言葉の順序がいつのまにか変わって「ぎえん」になったり、
なんでもね、業界用語みたいに「えんぎ」を「ぎえん」って読んだりで、
「ぎえん」が、いつからか「げん」って言われるようになって
最終的に「げん」って呼ばれるようになったんだって。
バカらしいと思わない?
私は知ったとき、バカらしいどころか馬鹿馬鹿しいと思ったよ。
ねえ、そんな感じで今こっちは受験シーズンなんだよ。
康子ちゃんと別れてから、私も成長して受験を受ける年になったんだよ。
担任はね、あまり私に期待してないみたい。
成績は中の下だから。別に悔しくはないけどね。
友達はみんな下の上とか、下の下とかだから私を賢いって言うんだけど、
なんかそういうの聞いてると、康子ちゃんのことを思い出す。
本当は頭がいいのに、唯一の友達の私に嫌われたくないって
わざと答えを間違えて答案用紙に書いた康子ちゃん。
今のクラスの友達もね、優しいんだよ。
ふつう女子だったりすると、お弁当とかトイレとか一緒じゃないと
すぐに仲間はずれにしたりするけど、
そんなことをしないんだ。
たとえ私がこうして独りでなにかをしてても、
心配こそしてくれても、文句を言ったりはしない。
そう、優しいんだ。
でもその優しさに触れると、
もっと優しかった康子ちゃんを思い出す。
ときどき思う。
今の私の本当の友達は、康子ちゃんだけだって。
独りになれるのはこの屋上だけで、寒くてもここに来るしかない。
康子ちゃんは、孤独をどんなふうに感じてたの?
私が初めて康子ちゃんの友達になって、康子ちゃんは本当に嬉しかったの?
グラウンドから友達が手を振ってる。
手を振り返すと、笑ってくれるのが見える。
康子ちゃんは、もう私には笑い返してくれない。
受験生になってよかったことが1つだけあるの。
一生懸命に、なりふりかまわず勉強してるときだけ、康子ちゃんを忘れられる。
つらさを忘れるためなら、一浪ぐらいしてもいいかな。
大丈夫。家にも、私にもそんな余裕はないから。
人は、色々なことを経験して大人になっていく。
最近、思ったよ。
この大人になるって言葉は、助かりたいから言うんだって。
大人になるためには必要なことなんだ、しかたがなかったんだって。
私のなかの康子ちゃんは、決して大人にならない。
それを私は、大人になっても決して忘れない。忘れてはいけない。
あ、チャイムがなった。
じゃ、私は教室に戻るね。
ゴメンね。少しだけ、また忘れさせて。
卒業したらもう一生、忘れないから。
されたくもない期待を背負わされ、失敗を恐れさせられ、
だからわざわざ保険をかけさせられる。
無駄な願掛けをさせられる。
今も手と口のなかには、母親の買ってきた「これで勝つ!パン」という
薄いハムカツの挟まったパンが入っている。
強い風が吹き、整えた髪が乱れる。
気にしたって始まらない。どうせ独りだから。
知ってる?
験をかつぐ、ってよく言うじゃん。
あの「験」って、ホントは縁起ってとこから来てるらしいよ。
十回クイズみたいに「えんぎえんぎえんぎ……」と言って
言葉の順序がいつのまにか変わって「ぎえん」になったり、
なんでもね、業界用語みたいに「えんぎ」を「ぎえん」って読んだりで、
「ぎえん」が、いつからか「げん」って言われるようになって
最終的に「げん」って呼ばれるようになったんだって。
バカらしいと思わない?
私は知ったとき、バカらしいどころか馬鹿馬鹿しいと思ったよ。
ねえ、そんな感じで今こっちは受験シーズンなんだよ。
康子ちゃんと別れてから、私も成長して受験を受ける年になったんだよ。
担任はね、あまり私に期待してないみたい。
成績は中の下だから。別に悔しくはないけどね。
友達はみんな下の上とか、下の下とかだから私を賢いって言うんだけど、
なんかそういうの聞いてると、康子ちゃんのことを思い出す。
本当は頭がいいのに、唯一の友達の私に嫌われたくないって
わざと答えを間違えて答案用紙に書いた康子ちゃん。
今のクラスの友達もね、優しいんだよ。
ふつう女子だったりすると、お弁当とかトイレとか一緒じゃないと
すぐに仲間はずれにしたりするけど、
そんなことをしないんだ。
たとえ私がこうして独りでなにかをしてても、
心配こそしてくれても、文句を言ったりはしない。
そう、優しいんだ。
でもその優しさに触れると、
もっと優しかった康子ちゃんを思い出す。
ときどき思う。
今の私の本当の友達は、康子ちゃんだけだって。
独りになれるのはこの屋上だけで、寒くてもここに来るしかない。
康子ちゃんは、孤独をどんなふうに感じてたの?
私が初めて康子ちゃんの友達になって、康子ちゃんは本当に嬉しかったの?
グラウンドから友達が手を振ってる。
手を振り返すと、笑ってくれるのが見える。
康子ちゃんは、もう私には笑い返してくれない。
受験生になってよかったことが1つだけあるの。
一生懸命に、なりふりかまわず勉強してるときだけ、康子ちゃんを忘れられる。
つらさを忘れるためなら、一浪ぐらいしてもいいかな。
大丈夫。家にも、私にもそんな余裕はないから。
人は、色々なことを経験して大人になっていく。
最近、思ったよ。
この大人になるって言葉は、助かりたいから言うんだって。
大人になるためには必要なことなんだ、しかたがなかったんだって。
私のなかの康子ちゃんは、決して大人にならない。
それを私は、大人になっても決して忘れない。忘れてはいけない。
あ、チャイムがなった。
じゃ、私は教室に戻るね。
ゴメンね。少しだけ、また忘れさせて。
卒業したらもう一生、忘れないから。
タグ : オリジナル小説
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