影
今年の夏に大学の仲のいいヤツらと海に行った。
8月10日ぐらいに。男女6人で、一泊二日。
昼は泳いで、夜には肝試ししようってことになってた。
女の子は1人が疲れたって民宿で寝たから、
5人でとりあえず海辺に出た。
「俺、昼にいいとこ見つけた」って友達が先導し出す。
着いたところは墓地だった。
あんまり大きくなかったけど、ほぼ完全に真っ暗だったし
墓の向こうに大木があったりして、やけに雰囲気があった。
ちょっとけおされて引いたりしてたけど、
せっかくだからってグループに分かれた。
いつもつるんでた仲間たちだけだったから
寄せ集めだったけど、2人は”見える”ヤツだった。
分かれるときに、なんか区分を決めようってことで
その見えるヤツらと見えないヤツらの2つに分かれた。
墓場の道は、全体を回る大きい道が円になってて、
俺たちは左から、”見える”ヤツらは右から回ろうってなった。
入り口とちょうど反対側に大木があったから、
そこで落ち合おうということで、お互いが歩き出した。
ゆっくり歩いても、10分ぐらいで大木には着きそうだった。
こっち側は男2女1で、怖がる女の子をはやしたてながら
もう墓石の影からでも幽霊が出てきそうな空気を
どうにかして振り払おうと、やっきになってた。
ふと女の子が「あれ」って言う。その方向には影が見えた。
闇に目も慣れてきてたし、あんまり広くないから
向こう側を歩く、”見える”ほうのヤツらが見えてた。
墓石とかと重なったりすると、ときどきヤツらの影が見えなくなる。
俺たちが相槌うつと、「違う」と女の子。
よくそいつらのことを見てみると、
後ろの離れたところに影がもう1つ。
「おかしくない?」と女の子が不安そうにつぶやく。
考えてみれば、この状態で離れて歩くというのは妙だ。
前の影はゆっくり歩いている。後ろの影は少し早く動いてる。
「あれ・・・誰よ」と、後ろの影のことを見ながら
女の子がヒステリックに言う。
前の影が立ち止まる。墓石と重なって見えにくい。
後ろの影はだんだん早く近づいていく。
「なんかヤバくないか?」と友達が焦りながら言う。
もう後ろの影は走ってるのと変わらない速さになっている。
俺たちが駆け出そうとしたとき、前の影がこっちに向かって手を振った。
と同時に後ろの影が追いついた。
「急げ!!」叫んで俺たちはしゃにむに走った。
向こう側に見える影は墓石が邪魔で見にくいが、
なにかごちゃごちゃと動いてるのがわかった。
俺たちが大木の下を通り過ぎると、影は一目散に逃げ出した。
こっちは全速力で、男の俺と友達はともかく、
女の子は後ろのほうで遅れて走っている。
それでも影は俺たちよりも速かった。
ヤツらがいた場所には、地面に倒れる影があった。
俺は、ああ誰か死んだかも、とか思ってた。
でもそれは”見える”ほうの女の子がもってきてた上着だった。
それ以外にはおかしいことはない。
もう逃げた影はいなくなっていた。
2人がどこへ行ったかわからないまま、慌てて民宿に戻った。
入り口には寝てたはずの女の子がいた。
彼女いわく、もう2人は帰ってきたということだった。
それから俺たちはすぐに地元に帰ってきた。
その2人がどうしても帰ると言い、
半日を捨ててやむなく、ということだった。
あれから半年、その2人とは一度も会っていない。
もうすぐ年明けだし、
また仲間でどこかに行こうと思ってただけに残念だと思う。
ちなみに一度だけ2人の男のほうと電話をしたが、
会話の途中で切られて、それで終わりだった。
だからあのときの影の話も詳しくは聞いてない。
この話は、僕がいとこに聞いた話だ。
いとこは去年の年明け間近に行方不明になった。
だからこの話は僕が覚えてる分であって、完全じゃないと思う。
いとこは最後にあったときにこのことを話し、
行方不明になった女の子のことを心配していた。
その女の子は、いとこと一緒の左回りで歩いていた
”見えない”女の子だった。
そしてあの影はなんだったんだろうと不思議がってたけど、
本当の問題はそこじゃないと、僕は知っている。
今年の夏、ちょうど8月10日にいとこの家に
その”見える”2人が訪ねてきた。
家が近いから、僕もいとこの家に駆けつけた。
2人はまず「ごめんなさい」と謝り、それから話し始めた。
2人は一緒に墓地を右回りで歩いていた。
男のほうは少し女のほうが気になっていて、
少し嬉しく思っていた。女のほうは怯えていた。
急に女は寒い、と上着を取りに戻ろうとした。
「俺が行く」と男のほうが結局は戻った。
そして男が上着を持ってきたとき、女が向こうを歩く3人に気づく。
手を振ろうとするが、女が固まる。
男が女の子に追いつき、視線の先を見る。
3人の影とは明らかに違う黒い影が、
3人を押しつぶそうとするように集まっていた。
左から、右から、ぞろぞろ、ぞろぞろと。
急に3人は走り出し、影がその3人目がけて飛びかかった。
これはシャレにならない、と2人は死に物狂いで逃げた。
男が墓地から出るときに振り返って見たものは、
大木の前を通り過ぎようとする3人の影、
それが他の影に重なって真っ黒に消える瞬間だった。
いとこのおばさんは、その話を信じ切った様子で部屋を出て行った。
そのときに見たおばさんの泣き顔が痛々しかった。
それから2人はおばさんには伝えないという約束で、2人の推測を聞いた。
あの影はたぶんあの海辺で死んだ人たちで、
3人は憑かれたんだろうということ。
あのとき2人が”見える”にもかかわらず、
そういったものがいることに気づかなかったのは、
本人たちにもよくわからないという。
どんなメーターでも針が振り切れると利かなくものだ、
と意味ありげなたとえ話をされたが、
本人が「あくまで推測だから」と念を押した。
女のほうは、ひょっとしたらあの大木の下には
なにかが埋まっているかもしれないとも言っていた。
だが女も「違うだろうけどね」と最後に付け足した。
2人とも居心地が悪そうだったけど、
それはひょっとしたら僕が睨んでいたからかもしれない。
僕にとっては信頼できる優しい兄のような存在だったいとこを、
見捨てて逃げた2人だから。
おばさんはどうか知らないが、
僕は2人の「ごめんなさい」という謝罪を受け入れるつもりはなかった。
2人が帰るとき、玄関で僕は詰問するように
「さっきので全部ですか。話し忘れたことはないですか」と聞いた。
男は僕を見つめると、女に「外で待っててくれ」と言った。
その口調は、恋人としての彼女に対するものだった。
「これは彼女にも黙っていることだから、誰にも話さないと誓ってくれ」
僕が返答せずにいると「絶対に誰にも話さないでくれ。絶対に、誰にも」
と 語気を強めた。命令口調で腹が立った。
「俺はあそこにいたものを知ってから、
ところどころで雰囲気を感じるようになったんだ。
……あいつ、こっちに帰ってきてから行方知れずになっただろ?
あの墓地で影に襲われて失踪したんじゃないんだよ……
要は、あいつらに憑いてこっちに来た可能性があるんだよ。
そう考えると、危ないのは失踪した人間の家族なんだよ。
……こういう話がある。海のそばの古い町で、女の子が溺死した。
彼女は 海で溺れて、遺体も見つからなかった。
しばらくして、母親とおばあさんが家にいるときに誰かが来る。
玄関に行ってみると、すりガラスのドアの向こうに影が見えた。
母親には、それが女の子だとすぐにわかった。
ドアの向こうから「開けて、お母さん」と聞こえる。
涙を流しながら開けようとする母親。
「開けちゃいかん!」とその後ろからおばあさんが叫ぶ。
するとドアの向こうで影が笑った後、霧を散らすように完全に消える。
その町では昔から、海で溺死した者が帰ってくることがあって、
そのときは決して家に入れてはならないと伝えられているそうだ。
……この話の影と俺たちが墓地で見た影は似たようなものかもしれない。
あの影がなんのために家に帰ってきたのか……
それを考えると、危険だと伝えないわけにはいかなかったんだ。
行方不明になった他の2人のところにはもう話したから、
ここ……きみのいとこの兄さんの家が最後さ。
本当はもっと早く来るべきだったのかもしれないけど、
なぜか今日はこうして話をすることが
使命であるかのような義務感を覚えたんだ。
……これで、すべて話したよ。
どうすればいいのか俺にもよくわからないけど……
おばさんに、今日は特に気をつけるよう注意しておいてくれ」
吹っ切れたのか満足したのか、最後には男は笑いながら言った。
本当は1人で保有できる秘密じゃなかったのかもしれない。
男を楽にしたのかもしれないと思うと、悔しくなった。
ドアを開けると女だろうか、影が見えた。男はドアを閉める。
しかし男はなかなか去る素振りを見せない。
違和感をおぼえる。ふと気づくと、
その男の影がどっちを向いているのかわからなかった。
ドアに対して背を向けているのか、それともこちらに顔を向けているのか。
ふと影が消えた。それはまさに霧が散るようだった。
それ以来、その2人とは会っていない。
8月10日ぐらいに。男女6人で、一泊二日。
昼は泳いで、夜には肝試ししようってことになってた。
女の子は1人が疲れたって民宿で寝たから、
5人でとりあえず海辺に出た。
「俺、昼にいいとこ見つけた」って友達が先導し出す。
着いたところは墓地だった。
あんまり大きくなかったけど、ほぼ完全に真っ暗だったし
墓の向こうに大木があったりして、やけに雰囲気があった。
ちょっとけおされて引いたりしてたけど、
せっかくだからってグループに分かれた。
いつもつるんでた仲間たちだけだったから
寄せ集めだったけど、2人は”見える”ヤツだった。
分かれるときに、なんか区分を決めようってことで
その見えるヤツらと見えないヤツらの2つに分かれた。
墓場の道は、全体を回る大きい道が円になってて、
俺たちは左から、”見える”ヤツらは右から回ろうってなった。
入り口とちょうど反対側に大木があったから、
そこで落ち合おうということで、お互いが歩き出した。
ゆっくり歩いても、10分ぐらいで大木には着きそうだった。
こっち側は男2女1で、怖がる女の子をはやしたてながら
もう墓石の影からでも幽霊が出てきそうな空気を
どうにかして振り払おうと、やっきになってた。
ふと女の子が「あれ」って言う。その方向には影が見えた。
闇に目も慣れてきてたし、あんまり広くないから
向こう側を歩く、”見える”ほうのヤツらが見えてた。
墓石とかと重なったりすると、ときどきヤツらの影が見えなくなる。
俺たちが相槌うつと、「違う」と女の子。
よくそいつらのことを見てみると、
後ろの離れたところに影がもう1つ。
「おかしくない?」と女の子が不安そうにつぶやく。
考えてみれば、この状態で離れて歩くというのは妙だ。
前の影はゆっくり歩いている。後ろの影は少し早く動いてる。
「あれ・・・誰よ」と、後ろの影のことを見ながら
女の子がヒステリックに言う。
前の影が立ち止まる。墓石と重なって見えにくい。
後ろの影はだんだん早く近づいていく。
「なんかヤバくないか?」と友達が焦りながら言う。
もう後ろの影は走ってるのと変わらない速さになっている。
俺たちが駆け出そうとしたとき、前の影がこっちに向かって手を振った。
と同時に後ろの影が追いついた。
「急げ!!」叫んで俺たちはしゃにむに走った。
向こう側に見える影は墓石が邪魔で見にくいが、
なにかごちゃごちゃと動いてるのがわかった。
俺たちが大木の下を通り過ぎると、影は一目散に逃げ出した。
こっちは全速力で、男の俺と友達はともかく、
女の子は後ろのほうで遅れて走っている。
それでも影は俺たちよりも速かった。
ヤツらがいた場所には、地面に倒れる影があった。
俺は、ああ誰か死んだかも、とか思ってた。
でもそれは”見える”ほうの女の子がもってきてた上着だった。
それ以外にはおかしいことはない。
もう逃げた影はいなくなっていた。
2人がどこへ行ったかわからないまま、慌てて民宿に戻った。
入り口には寝てたはずの女の子がいた。
彼女いわく、もう2人は帰ってきたということだった。
それから俺たちはすぐに地元に帰ってきた。
その2人がどうしても帰ると言い、
半日を捨ててやむなく、ということだった。
あれから半年、その2人とは一度も会っていない。
もうすぐ年明けだし、
また仲間でどこかに行こうと思ってただけに残念だと思う。
ちなみに一度だけ2人の男のほうと電話をしたが、
会話の途中で切られて、それで終わりだった。
だからあのときの影の話も詳しくは聞いてない。
この話は、僕がいとこに聞いた話だ。
いとこは去年の年明け間近に行方不明になった。
だからこの話は僕が覚えてる分であって、完全じゃないと思う。
いとこは最後にあったときにこのことを話し、
行方不明になった女の子のことを心配していた。
その女の子は、いとこと一緒の左回りで歩いていた
”見えない”女の子だった。
そしてあの影はなんだったんだろうと不思議がってたけど、
本当の問題はそこじゃないと、僕は知っている。
今年の夏、ちょうど8月10日にいとこの家に
その”見える”2人が訪ねてきた。
家が近いから、僕もいとこの家に駆けつけた。
2人はまず「ごめんなさい」と謝り、それから話し始めた。
2人は一緒に墓地を右回りで歩いていた。
男のほうは少し女のほうが気になっていて、
少し嬉しく思っていた。女のほうは怯えていた。
急に女は寒い、と上着を取りに戻ろうとした。
「俺が行く」と男のほうが結局は戻った。
そして男が上着を持ってきたとき、女が向こうを歩く3人に気づく。
手を振ろうとするが、女が固まる。
男が女の子に追いつき、視線の先を見る。
3人の影とは明らかに違う黒い影が、
3人を押しつぶそうとするように集まっていた。
左から、右から、ぞろぞろ、ぞろぞろと。
急に3人は走り出し、影がその3人目がけて飛びかかった。
これはシャレにならない、と2人は死に物狂いで逃げた。
男が墓地から出るときに振り返って見たものは、
大木の前を通り過ぎようとする3人の影、
それが他の影に重なって真っ黒に消える瞬間だった。
いとこのおばさんは、その話を信じ切った様子で部屋を出て行った。
そのときに見たおばさんの泣き顔が痛々しかった。
それから2人はおばさんには伝えないという約束で、2人の推測を聞いた。
あの影はたぶんあの海辺で死んだ人たちで、
3人は憑かれたんだろうということ。
あのとき2人が”見える”にもかかわらず、
そういったものがいることに気づかなかったのは、
本人たちにもよくわからないという。
どんなメーターでも針が振り切れると利かなくものだ、
と意味ありげなたとえ話をされたが、
本人が「あくまで推測だから」と念を押した。
女のほうは、ひょっとしたらあの大木の下には
なにかが埋まっているかもしれないとも言っていた。
だが女も「違うだろうけどね」と最後に付け足した。
2人とも居心地が悪そうだったけど、
それはひょっとしたら僕が睨んでいたからかもしれない。
僕にとっては信頼できる優しい兄のような存在だったいとこを、
見捨てて逃げた2人だから。
おばさんはどうか知らないが、
僕は2人の「ごめんなさい」という謝罪を受け入れるつもりはなかった。
2人が帰るとき、玄関で僕は詰問するように
「さっきので全部ですか。話し忘れたことはないですか」と聞いた。
男は僕を見つめると、女に「外で待っててくれ」と言った。
その口調は、恋人としての彼女に対するものだった。
「これは彼女にも黙っていることだから、誰にも話さないと誓ってくれ」
僕が返答せずにいると「絶対に誰にも話さないでくれ。絶対に、誰にも」
と 語気を強めた。命令口調で腹が立った。
「俺はあそこにいたものを知ってから、
ところどころで雰囲気を感じるようになったんだ。
……あいつ、こっちに帰ってきてから行方知れずになっただろ?
あの墓地で影に襲われて失踪したんじゃないんだよ……
要は、あいつらに憑いてこっちに来た可能性があるんだよ。
そう考えると、危ないのは失踪した人間の家族なんだよ。
……こういう話がある。海のそばの古い町で、女の子が溺死した。
彼女は 海で溺れて、遺体も見つからなかった。
しばらくして、母親とおばあさんが家にいるときに誰かが来る。
玄関に行ってみると、すりガラスのドアの向こうに影が見えた。
母親には、それが女の子だとすぐにわかった。
ドアの向こうから「開けて、お母さん」と聞こえる。
涙を流しながら開けようとする母親。
「開けちゃいかん!」とその後ろからおばあさんが叫ぶ。
するとドアの向こうで影が笑った後、霧を散らすように完全に消える。
その町では昔から、海で溺死した者が帰ってくることがあって、
そのときは決して家に入れてはならないと伝えられているそうだ。
……この話の影と俺たちが墓地で見た影は似たようなものかもしれない。
あの影がなんのために家に帰ってきたのか……
それを考えると、危険だと伝えないわけにはいかなかったんだ。
行方不明になった他の2人のところにはもう話したから、
ここ……きみのいとこの兄さんの家が最後さ。
本当はもっと早く来るべきだったのかもしれないけど、
なぜか今日はこうして話をすることが
使命であるかのような義務感を覚えたんだ。
……これで、すべて話したよ。
どうすればいいのか俺にもよくわからないけど……
おばさんに、今日は特に気をつけるよう注意しておいてくれ」
吹っ切れたのか満足したのか、最後には男は笑いながら言った。
本当は1人で保有できる秘密じゃなかったのかもしれない。
男を楽にしたのかもしれないと思うと、悔しくなった。
ドアを開けると女だろうか、影が見えた。男はドアを閉める。
しかし男はなかなか去る素振りを見せない。
違和感をおぼえる。ふと気づくと、
その男の影がどっちを向いているのかわからなかった。
ドアに対して背を向けているのか、それともこちらに顔を向けているのか。
ふと影が消えた。それはまさに霧が散るようだった。
それ以来、その2人とは会っていない。
テーマ : ショート・ストーリー - ジャンル : 小説・文学
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