【短期連載小説】くすくす笑いのいたずら「Last.結末」
――『罪』と題された文章。大場龍也の日記より――
まっ暗闇のさなか、
聞こえるのは自分の呼吸音だけ。
抗う様子もないところを見ると
もうこいつは死んだのかもしれない。
そう思った。
とにかく暗い。
これからどうするかを考えるためにも
まず状況を把握しなければ。
俺はポケットからケータイを出し、
自分の股下に広がる
人間の体を照らした。
その面影は見覚えがあった。
すぐあとに気づき、声が漏れた。
「愛佳………………」
その驚きをどう表現すればいいだろう。
雷に打たれたよう。
息を呑む。
目の前が暗くなる。
晴天の霹靂。
どんな言葉も、陳腐だ。
慌てて愛佳の口に手をかざす。
陥没し赤黒く腫れ、
俺がそうしたにもかかわらず
無惨だと感じた。
呼吸はない。
胸に手をあてる。
鼓動も感じられない。
ゆっくりと愛佳から離れる。
世界が広く感じられた。
もっとも愛する人を
自らこの手で。
あまりにこの闇は広大で
愛した人なしに孤独に耐え切れそうになかった。
そのとき、
なにを考えたのか、
俺は逃げ出した。
走って
走って
走った。
さやかを突き落としてしまい、
気が動転していたとしかいえない。
すぐに誰かに見られたと気づいた。
それがまさか愛佳だったとは
思いもよらなかった。
彼女は背後の街灯に照らされ
逆光でシルエットしか見えなかった。
口封じをしなければ。
そうすぐに悟った。
……あとは
衝動のままに動いた。
その顛末が、これだ。
どうやって帰ったかもわからない。
気がついたのは家の玄関で、
いつも待ってくれているはずの
愛佳の姿はどこにもなかった。
外は明るみ始め、
手のなかにはハンカチがあった。
強く握りしめてぐしゃぐしゃに、
血で真っ赤に染まったハンカチ。
いや、俺は隠すべきではない。
そのハンカチは赤黒い色で
ところどころに黄緑の模様が残っていた。
なにもかもが色褪せてしまった。
愛情も、世界の精彩も、生きる情熱も。
俺が壊してしまった。
そのとき俺は思った。
死のう、と。
――ニュース「大場龍也、自殺か!?」より――
次のニュースです。
ロックバンド「SIN」のメンバー、
大場龍也さんが自殺を図ったということです。
現場には遺書とみられる日記と
血痕のついたついたハンカチが残されており、
警察では「自殺の見込みが強いが、他殺の可能性も否定できない」と発表しています。
大場龍也さんは「SIN」のベーシストとして活躍、
作詞・作曲をともにこなし、重厚なベースのテクニックにはファンも多く、
メディアの前では決して笑わないという影のあるムードが大人気でした。
彼のつくった「哀歌」がミリオンヒットを打ち出し、
「SIN」は一躍トップミュージシャンの仲間入りを果たしました。
以降も、老若男女を問わずに人気を保っていましたが、
女性の噂がまったくなく「男色」の噂がささやかれていました。
本人は否定していましたが、メンバーは
「昔ちょっとあってね」と思わせぶりな発言をするも、
それ以上は語らなかったということです。
大場龍也さんは現場近くの病院に搬送され、
つい先ほどまで手術を受けていました。
手術は10時間を越え、大場龍也さんは…………
まっ暗闇のさなか、
聞こえるのは自分の呼吸音だけ。
抗う様子もないところを見ると
もうこいつは死んだのかもしれない。
そう思った。
とにかく暗い。
これからどうするかを考えるためにも
まず状況を把握しなければ。
俺はポケットからケータイを出し、
自分の股下に広がる
人間の体を照らした。
その面影は見覚えがあった。
すぐあとに気づき、声が漏れた。
「愛佳………………」
その驚きをどう表現すればいいだろう。
雷に打たれたよう。
息を呑む。
目の前が暗くなる。
晴天の霹靂。
どんな言葉も、陳腐だ。
慌てて愛佳の口に手をかざす。
陥没し赤黒く腫れ、
俺がそうしたにもかかわらず
無惨だと感じた。
呼吸はない。
胸に手をあてる。
鼓動も感じられない。
ゆっくりと愛佳から離れる。
世界が広く感じられた。
もっとも愛する人を
自らこの手で。
あまりにこの闇は広大で
愛した人なしに孤独に耐え切れそうになかった。
そのとき、
なにを考えたのか、
俺は逃げ出した。
走って
走って
走った。
さやかを突き落としてしまい、
気が動転していたとしかいえない。
すぐに誰かに見られたと気づいた。
それがまさか愛佳だったとは
思いもよらなかった。
彼女は背後の街灯に照らされ
逆光でシルエットしか見えなかった。
口封じをしなければ。
そうすぐに悟った。
……あとは
衝動のままに動いた。
その顛末が、これだ。
どうやって帰ったかもわからない。
気がついたのは家の玄関で、
いつも待ってくれているはずの
愛佳の姿はどこにもなかった。
外は明るみ始め、
手のなかにはハンカチがあった。
強く握りしめてぐしゃぐしゃに、
血で真っ赤に染まったハンカチ。
いや、俺は隠すべきではない。
そのハンカチは赤黒い色で
ところどころに黄緑の模様が残っていた。
なにもかもが色褪せてしまった。
愛情も、世界の精彩も、生きる情熱も。
俺が壊してしまった。
そのとき俺は思った。
死のう、と。
――ニュース「大場龍也、自殺か!?」より――
次のニュースです。
ロックバンド「SIN」のメンバー、
大場龍也さんが自殺を図ったということです。
現場には遺書とみられる日記と
血痕のついたついたハンカチが残されており、
警察では「自殺の見込みが強いが、他殺の可能性も否定できない」と発表しています。
大場龍也さんは「SIN」のベーシストとして活躍、
作詞・作曲をともにこなし、重厚なベースのテクニックにはファンも多く、
メディアの前では決して笑わないという影のあるムードが大人気でした。
彼のつくった「哀歌」がミリオンヒットを打ち出し、
「SIN」は一躍トップミュージシャンの仲間入りを果たしました。
以降も、老若男女を問わずに人気を保っていましたが、
女性の噂がまったくなく「男色」の噂がささやかれていました。
本人は否定していましたが、メンバーは
「昔ちょっとあってね」と思わせぶりな発言をするも、
それ以上は語らなかったということです。
大場龍也さんは現場近くの病院に搬送され、
つい先ほどまで手術を受けていました。
手術は10時間を越え、大場龍也さんは…………
Fin.
休憩が僥倖
バイトの休憩でコンビニに行った。
飲み物とカップ麺をもって
レジへ向かう。
代金を払い
「お湯、もらっていいですか?」
「あ、はいどうぞ」
と 言葉を交わす。
そういえば先日
湯が沸いてないのに気づかず
そのままぬるま湯で
食べる羽目になったんだった。
嫌味にならぬよう
笑いながら言う。
「この前はお湯が沸いてなかったんですよねえ」
相変わらず
工夫もなにもない話し方。
「えっ、本当ですか?」
おそらく店長であろう
30代前半ぐらいの
いささか奔放そうな人が驚く。
「ええ」
その店長がポットを見る。
湯を入れるために
そのポットに向かう。
「すみませんでした。
お詫びといってはなんですが、
これを……」
その手にあるのは「中華まん」。
「あ、いいですよ。
こっちが確認しなかったのも悪かったんで」
「いえ、
そんな状態で出していては
お客さんに迷惑がかかるのは当然ですから……」
せっかくの厚意を無碍に
断るわけにもいかない。
「ありがとうございます」
恭しく頂戴する。
事務所に戻り、食事をする。
ありがたい僥倖は
最後までとっておき、
カップ麺をすする。
レモンティーを飲む。
さて、いよいよ
僥倖の出番だ。
包み紙を開くと
果たしてそれは、中華まんではなかった。
「チャーシューまん」だった。
お美しかった。
幸せって、いいなあ、って思えた。
微笑が生まれた。
飲み物とカップ麺をもって
レジへ向かう。
代金を払い
「お湯、もらっていいですか?」
「あ、はいどうぞ」
と 言葉を交わす。
そういえば先日
湯が沸いてないのに気づかず
そのままぬるま湯で
食べる羽目になったんだった。
嫌味にならぬよう
笑いながら言う。
「この前はお湯が沸いてなかったんですよねえ」
相変わらず
工夫もなにもない話し方。
「えっ、本当ですか?」
おそらく店長であろう
30代前半ぐらいの
いささか奔放そうな人が驚く。
「ええ」
その店長がポットを見る。
湯を入れるために
そのポットに向かう。
「すみませんでした。
お詫びといってはなんですが、
これを……」
その手にあるのは「中華まん」。
「あ、いいですよ。
こっちが確認しなかったのも悪かったんで」
「いえ、
そんな状態で出していては
お客さんに迷惑がかかるのは当然ですから……」
せっかくの厚意を無碍に
断るわけにもいかない。
「ありがとうございます」
恭しく頂戴する。
事務所に戻り、食事をする。
ありがたい僥倖は
最後までとっておき、
カップ麺をすする。
レモンティーを飲む。
さて、いよいよ
僥倖の出番だ。
包み紙を開くと
果たしてそれは、中華まんではなかった。
「チャーシューまん」だった。
お美しかった。
幸せって、いいなあ、って思えた。
微笑が生まれた。
【短期連載小説】くすくす笑いのいたずら「6.剥き出しの焦燥」
――剥き出しの焦燥――
一体どれくらい
時間が過ぎたかわからない。
突然、ドアが開いた。
足早に龍也が出てくる。
ああ、やっぱり
龍也はあの女性のところに
いたんだなあ、
と 思いのほか冷静に考えていた。
けれど、なにかおかしい。
龍也は眉をしかめ、
そのすぐ後から
あの女性が追いかけてきている。
女性に至っては裸足だ。
階段の前で
龍也の腕をつかみ
強引に止める。
顔をつき合わせて
口論しているように見える。
どんな言葉を交わしているか、
よく聞こえない。
少し近づこうと歩を進めたとき、
龍也に触れられて女性がバランスを崩す。
大きく背中から階段を落ち、
そのままがくがくと跳ねながら下っていく。
頭をアスファルトに擦りつけ
首をしなやかに曲がらせたまま
その動きは止まった。
そのまま
まるで録画したムービーを
一時停止したように
なにもかもが動かなかった。
それを動かしたのは
龍也の急いで下りる足音だった。
女性は目を見開いたままで、
龍也の顔色はみるみるうちに
生色を失っていく。
私は女性がどうなっているかを知った。
龍也はせわしなく
きょろきょろと辺りを見回す。
その目が私を捉える。
龍也に怯えの色が浮かび、
そしてすぐに視線を尖らせた。
私が恐怖を感じるが早いか、
龍也はこちらへ走り出した。
荒々しく口を開き
射抜くように私を睨みつけ、
ただなにかを打ち崩す衝動に
取り憑かれているように見えた。
とっさの判断だった。
後ろよりも横道に逃げた。
後はなにも考えられなかった。
追ってきているのが
龍也であるということなど忘れ、
ただ恐ろしさから逃避しようとしていた。
どこをどう進み
今どこを走っているのか、
自分の体力で走れる距離の限界、
眩暈がするほど走って
明日、仕事に支障が出たらどうするのか、
どれほど龍也を愛しているか。
すべてを振り切るように走っていると
肩を強く弾かれて
前のめりに倒れた。
顔面を守ろうと
左腕を先についてその上に倒れる。
一瞬、
視界を白で埋め尽くすような
鋭い痛みが左腕に走る。
間隔をあけず
重いなにかがのしかかる。
そのなにかは、
男の体躯の輪郭をもっていて
その影を闇に浮かべていた。
あ、くるな。
そう思った瞬間には
もう殴られていた。
痛みよりも
革製品を打ちつけるような
ともすれば裂けそうな
強く乾いた音。
手で顔をかばいたかったけれど
倒れた衝撃で左手は折れたように動かず
右手だけで防ぎきれるはずもなかった。
なりふりかまわず
右手を振り回していると
指が引っかかり
なにかが落ちた。
揺らぐ視界のなかで
暗くて闇にいるとしかわからないことや
平手で殴られている音や
意外と落ち着いていて、
そのくせ思考が追いついていないことに気づいていた。
しばらく抵抗もできず
何度も何度も殴られていたけれど、
その手がはたと止まった。
首はだらんと上を向いていて、
逃げていた道の先が見えた。
あまり広くない袋小路で
あのまま逃げられたとしても
結局は捕まっていたんだと悟った。
影が動き、その先を視線で追う。
さっき落ちたなにかを拾ったようだ。
とっさにそれを奪おうとするけど
左腕はやっぱり動かない。
影はそれを手に
思いきり振りかぶった。
奪おうと顔を浮かせてしまったため
その手に打ちつけられて
後頭部を強打する。
さっきのような
平手ではたく鋭い音はなく
私のくぐもった嗚咽が少しあるだけだった。
次第に闇は晴れていった。
けれどそう感じただけで、
闇だけではなく痛みや恐怖や
あらゆる感覚が霧散していった。
そして視界は真っ白に消えた。
一体どれくらい
時間が過ぎたかわからない。
突然、ドアが開いた。
足早に龍也が出てくる。
ああ、やっぱり
龍也はあの女性のところに
いたんだなあ、
と 思いのほか冷静に考えていた。
けれど、なにかおかしい。
龍也は眉をしかめ、
そのすぐ後から
あの女性が追いかけてきている。
女性に至っては裸足だ。
階段の前で
龍也の腕をつかみ
強引に止める。
顔をつき合わせて
口論しているように見える。
どんな言葉を交わしているか、
よく聞こえない。
少し近づこうと歩を進めたとき、
龍也に触れられて女性がバランスを崩す。
大きく背中から階段を落ち、
そのままがくがくと跳ねながら下っていく。
頭をアスファルトに擦りつけ
首をしなやかに曲がらせたまま
その動きは止まった。
そのまま
まるで録画したムービーを
一時停止したように
なにもかもが動かなかった。
それを動かしたのは
龍也の急いで下りる足音だった。
女性は目を見開いたままで、
龍也の顔色はみるみるうちに
生色を失っていく。
私は女性がどうなっているかを知った。
龍也はせわしなく
きょろきょろと辺りを見回す。
その目が私を捉える。
龍也に怯えの色が浮かび、
そしてすぐに視線を尖らせた。
私が恐怖を感じるが早いか、
龍也はこちらへ走り出した。
荒々しく口を開き
射抜くように私を睨みつけ、
ただなにかを打ち崩す衝動に
取り憑かれているように見えた。
とっさの判断だった。
後ろよりも横道に逃げた。
後はなにも考えられなかった。
追ってきているのが
龍也であるということなど忘れ、
ただ恐ろしさから逃避しようとしていた。
どこをどう進み
今どこを走っているのか、
自分の体力で走れる距離の限界、
眩暈がするほど走って
明日、仕事に支障が出たらどうするのか、
どれほど龍也を愛しているか。
すべてを振り切るように走っていると
肩を強く弾かれて
前のめりに倒れた。
顔面を守ろうと
左腕を先についてその上に倒れる。
一瞬、
視界を白で埋め尽くすような
鋭い痛みが左腕に走る。
間隔をあけず
重いなにかがのしかかる。
そのなにかは、
男の体躯の輪郭をもっていて
その影を闇に浮かべていた。
あ、くるな。
そう思った瞬間には
もう殴られていた。
痛みよりも
革製品を打ちつけるような
ともすれば裂けそうな
強く乾いた音。
手で顔をかばいたかったけれど
倒れた衝撃で左手は折れたように動かず
右手だけで防ぎきれるはずもなかった。
なりふりかまわず
右手を振り回していると
指が引っかかり
なにかが落ちた。
揺らぐ視界のなかで
暗くて闇にいるとしかわからないことや
平手で殴られている音や
意外と落ち着いていて、
そのくせ思考が追いついていないことに気づいていた。
しばらく抵抗もできず
何度も何度も殴られていたけれど、
その手がはたと止まった。
首はだらんと上を向いていて、
逃げていた道の先が見えた。
あまり広くない袋小路で
あのまま逃げられたとしても
結局は捕まっていたんだと悟った。
影が動き、その先を視線で追う。
さっき落ちたなにかを拾ったようだ。
とっさにそれを奪おうとするけど
左腕はやっぱり動かない。
影はそれを手に
思いきり振りかぶった。
奪おうと顔を浮かせてしまったため
その手に打ちつけられて
後頭部を強打する。
さっきのような
平手ではたく鋭い音はなく
私のくぐもった嗚咽が少しあるだけだった。
次第に闇は晴れていった。
けれどそう感じただけで、
闇だけではなく痛みや恐怖や
あらゆる感覚が霧散していった。
そして視界は真っ白に消えた。
【短期連載小説】くすくす笑いのいたずら「5.諦め」
――諦め――
暗くなっても、事態は変わらなかった。
龍也は部屋にこもったきり
いくら待っても出てくることはない。
すでに部屋には
ライトが点って明るい。
私の立つ場所は街灯だけで、暗い。
龍也を部屋に入れるときの
女性の笑みが脳裏に浮かぶ。
ファンの1人かもしれない。
艶やかな口紅が映えて
大人びた世界をもっていた。
――私とは対照的。
驚かそうと、龍也をつけていた
子供じみた私とは。
私は暗闇のなか、なにをしてるんだろう。
まるで私と彼女の不幸と幸福を
表しているようで惨めになる。
彼女の部屋のドアまで
行こうともした。
名前を確認すれば
なにかしら対処できるかも、と考えた。
けれども
龍也は彼女を選んだ。
浮気というものが
一体どういうものなのかわからない。
それは体験したことがないから。
理解したいとも思わない。
それよりも
これから私はどうするべきなのか
足元の道は暗く、判断できない。
龍也に問い質すべきか
なにも聞かず身を引くべきか
それとも今すぐ押しかけて
彼女に詰問するべきなのか。
なぜ私はここで立っているんだろう。
どうしてか
龍也を待っている。
ううん、
本当は龍也が出てこなければ
いいと思っている。
あの部屋から
龍也が出てこなければ
すべて私の勘違いですむ。
それを確かめるには
永遠にここで見てなければいけないと知りながら
そうであればいいと考えていた。
暗くなっても、事態は変わらなかった。
龍也は部屋にこもったきり
いくら待っても出てくることはない。
すでに部屋には
ライトが点って明るい。
私の立つ場所は街灯だけで、暗い。
龍也を部屋に入れるときの
女性の笑みが脳裏に浮かぶ。
ファンの1人かもしれない。
艶やかな口紅が映えて
大人びた世界をもっていた。
――私とは対照的。
驚かそうと、龍也をつけていた
子供じみた私とは。
私は暗闇のなか、なにをしてるんだろう。
まるで私と彼女の不幸と幸福を
表しているようで惨めになる。
彼女の部屋のドアまで
行こうともした。
名前を確認すれば
なにかしら対処できるかも、と考えた。
けれども
龍也は彼女を選んだ。
浮気というものが
一体どういうものなのかわからない。
それは体験したことがないから。
理解したいとも思わない。
それよりも
これから私はどうするべきなのか
足元の道は暗く、判断できない。
龍也に問い質すべきか
なにも聞かず身を引くべきか
それとも今すぐ押しかけて
彼女に詰問するべきなのか。
なぜ私はここで立っているんだろう。
どうしてか
龍也を待っている。
ううん、
本当は龍也が出てこなければ
いいと思っている。
あの部屋から
龍也が出てこなければ
すべて私の勘違いですむ。
それを確かめるには
永遠にここで見てなければいけないと知りながら
そうであればいいと考えていた。
【短期連載小説】くすくす笑いのいたずら「4.戸惑い」
――戸惑い――
十字路に立って
龍也はいささか迷っているように見えた。
家に戻る道と
バンドメンバーの家に続く道と
もう1本の道。
いらだったように
足で貧乏ゆすりをしながら。
龍也がゆっくり歩き出したのは
家でもバンドメンバーの待つ場所でもなく
ほとんど通ったこともない
もう1本の道だった。
やっぱりね。
そう思いながら、
予測が外れていないことに満足する。
ずんずんと歩いていく龍也を
ほぼ走るようなかたちで追う。
以前、ケンカしたことを思い出す。
龍也は足が早く
いつもは私の歩調に合わせてくれていた。
けれど
なにが理由だったかは思い出せないけれど、
たぶんそれだけ些細なことだったんだろうけれど、
ケンカをしてしまって、
「じゃ別れよう」
怒った龍也は
私の答えも聞かずに
部屋を出て行ってしまった。
それを追ったけれど
私に目もくれず去る龍也には
とても追いつけずに
私は道のまんなかで
泣いてしまった。
その声に気づいて
慌てて龍也は戻ってきた。
嗚咽でしゃべれない私を
優しく抱きすくめて
「ごめん」
と呟いた。
その優しさがうれしくて
余計に私は泣いてしまった。
ほとんどケンカもせず
仲よくしているだけに
こんなことを思い出すのは
珍しいことだった。
龍也が歩くのを追っているうちに
見たことのない風景に変わっていた。
十字路ではいつも
同じ道を通っていただけに
まったくこっち側は
歩いたことがなかった。
周りを眺めていると
龍也を見失いそうになり
慌てて走る。
けれど景色に興味がわいて
やはり見入ってしまう。
そしてついに
龍也を見失ってしまった。
後ろ姿を見ればわかるだろうと
きょろきょろ辺りを見回す。
ここで離れてしまったり
変にバレてしまったら
今までの苦労は水の泡になる。
慌てながらも
やっとその姿を見つけた。
よかった、
と内心では叫んでいたけれど
すぐにその声は収まった。
きれいなアパート。
その一室。
見知らぬ女性が招き入れる、
その瞬間が目に入る。
龍也は、
部屋のなかへと消えていく。
「……あれ?」
そう口に出していた。
本当に、浮気?
状況を理解できず
なにも考えられない。
「実はつけてたんだ」
私がそういうと龍也は驚く。
「ほんとかよ!? 気づかなかった」
豆鉄砲をうけた鳩みたいに驚き
そして楽しそうに笑う。
そうなるはずだった龍也。
開かないドア。
その向こうには龍也がいる。
その姿を間違えるわけがない。
だとすると。
風が吹いて
顔が冷たい、と感じた。
触れてみると、涙だった。
十字路に立って
龍也はいささか迷っているように見えた。
家に戻る道と
バンドメンバーの家に続く道と
もう1本の道。
いらだったように
足で貧乏ゆすりをしながら。
龍也がゆっくり歩き出したのは
家でもバンドメンバーの待つ場所でもなく
ほとんど通ったこともない
もう1本の道だった。
やっぱりね。
そう思いながら、
予測が外れていないことに満足する。
ずんずんと歩いていく龍也を
ほぼ走るようなかたちで追う。
以前、ケンカしたことを思い出す。
龍也は足が早く
いつもは私の歩調に合わせてくれていた。
けれど
なにが理由だったかは思い出せないけれど、
たぶんそれだけ些細なことだったんだろうけれど、
ケンカをしてしまって、
「じゃ別れよう」
怒った龍也は
私の答えも聞かずに
部屋を出て行ってしまった。
それを追ったけれど
私に目もくれず去る龍也には
とても追いつけずに
私は道のまんなかで
泣いてしまった。
その声に気づいて
慌てて龍也は戻ってきた。
嗚咽でしゃべれない私を
優しく抱きすくめて
「ごめん」
と呟いた。
その優しさがうれしくて
余計に私は泣いてしまった。
ほとんどケンカもせず
仲よくしているだけに
こんなことを思い出すのは
珍しいことだった。
龍也が歩くのを追っているうちに
見たことのない風景に変わっていた。
十字路ではいつも
同じ道を通っていただけに
まったくこっち側は
歩いたことがなかった。
周りを眺めていると
龍也を見失いそうになり
慌てて走る。
けれど景色に興味がわいて
やはり見入ってしまう。
そしてついに
龍也を見失ってしまった。
後ろ姿を見ればわかるだろうと
きょろきょろ辺りを見回す。
ここで離れてしまったり
変にバレてしまったら
今までの苦労は水の泡になる。
慌てながらも
やっとその姿を見つけた。
よかった、
と内心では叫んでいたけれど
すぐにその声は収まった。
きれいなアパート。
その一室。
見知らぬ女性が招き入れる、
その瞬間が目に入る。
龍也は、
部屋のなかへと消えていく。
「……あれ?」
そう口に出していた。
本当に、浮気?
状況を理解できず
なにも考えられない。
「実はつけてたんだ」
私がそういうと龍也は驚く。
「ほんとかよ!? 気づかなかった」
豆鉄砲をうけた鳩みたいに驚き
そして楽しそうに笑う。
そうなるはずだった龍也。
開かないドア。
その向こうには龍也がいる。
その姿を間違えるわけがない。
だとすると。
風が吹いて
顔が冷たい、と感じた。
触れてみると、涙だった。




